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人間関係におけるプチストレス!お節介と気遣いのちがいは?

今日もにんにん、こんにちは(ฅ`ω´ฅ)わくにんです!

皆さんの周りにはお節介をしてくる人はいますか?

彼(彼女)的には気遣いで助言や忠告をしてくれているのでしょうが、こちら側からすると「余計なお世話」「お節介」と捉えてしまう…。

家族、会社、ご近所さん、さまざまな場面でこうしたすれ違いが生じてしまうということはあると思います。

なんとも悲しいことですが、そもそもどうしてこのようなことが生まれてしまうのか、今回はお節介と気遣いについて考えていきたいと思います。

お節介と気遣いのちがい

求められているか否か

まず、その行為を求められているか否かということがひとつの要素であると考えます。

例えば、ピザやフライドチキンを食べている時は、食べている最中に手を拭きたくなりますよね。

そういった場面でスッとウェットティッシュを取り出し可能な状態で目の前に置いてくれる人がいる。

こういった場合、手を拭きたいと思っていた側はまさに求めていたことを提供してもらえたということになりますよね。

逆に、特に必要ではない(=求めていない)時にいきなりウェットティッシュを出されても「手を拭けってこと…??」と困惑してしまうと思います。

このように人から求められていることを、スマートに行うことができると気遣いと評価されます。

その行為で相手が助かるか

求められているか否か以外にも、その行為で相手が助かるかもひとつの要素であると思います。

両手がふさがっていて自分でドア開けることはできるものの、少し工夫が必要な場面で、別の誰かがドアを開けてくれた。

こういった場面では、自分でドアを開けることができましたが、開けてもらうという行為で結果的に助かっていますよね。

このように、自分の行為で確実に誰かを助けることが明らかな場合に対応できというのも気遣いに入ります。

確実に誰かを助けることが明らかな場合、とわざわざ書いたのは誰かのためを思って行った行為が、必ずしもその人を助けるわけではないからです。

例えば、新しいことに挑戦しようとする人に対して、よかれと思って「危ないからやめなよ」「損をしてしまうかもしれないからやめておいた方がいい」というような忠告をする人っていると思います。

忠告する側は、その人に危険が及んだり、損をしないように忠告しているのかもしれませんが、挑戦する人にとってこの忠告がその人を助けることにつながるかというとそうでもないですよね。

挑戦をして失敗をすることで得た経験から最後は成功するかもしれないですし、経験することでその人自身の成長につながります。

つまり、こういった忠告は特に相手を助けることにはならないということです。

こういう場合は気遣いではなく、「余計なお節介」として捉えられてしまうことでしょう。

お節介を焼いてしまう人の特徴

では、こうしたお節介を焼いてしまう人の特徴には、どんなものが挙げられるでしょうか?

私の過去の経験や同僚などから聞いた話を基に、まとめてみました。

世話好き、面倒見がいい

誰かのお世話をすることが好きな人や面倒見がいい人は、ついつい相手に対してお節介を焼いてしまう人が多いように思います。

何かしようとしている人に対し、自分に何かできることはないかと考えてしまうのだと思います。

自分に何かできることはないか考えて実行した結果、相手には求められておらず、特段相手を助けることにもつながらなかったという、

空回り感が少し悲しい感じですよね。

心配性

心配性な人も、お節介を焼いてしまう傾向にあるかなと思います。

例えば、家族が何かに挑戦しようとしている時、何かあっては大変だと何かと口を挟んでしまうということが考えられます。

もちろん忠告している側は、大切な家族が傷ついたら大変という思いで忠告をするのでしょうが、既述の通り、その忠告が本当に家族の助けになるのか、家族のためになるのかについてはわからないですよね。

むしろ、失敗したら命を落とすような危険なこと以外は、積極的に挑戦したほうがその家族のためになると思います。

ですが、心配性の人は相手を守ることでいっぱいになってしまうんですね。

自分軸で物事を考える

自分軸で物事を考える人もお節介を焼いてしまう人が多いです。

例えば、会社である仕事が発生しました。その仕事を対応しようと考え始めていた人に対して、別の人がこんなアドバイス。

「その仕事はあの部署の人たちも対応できるはずなので依頼してみたらどうですか?」

アドバイスした側は「自分だったらあの仕事はやりたくない、工数の無駄」と自分なりに考えた結果の行為です。

このアドバイスを聞いて「あ、そうなんすね。じゃあそうしまーす」と助かる人もいるかもしれないですが、

自分でその仕事をやってみようと意気込んでいた人や、「依頼したらその部署の人たちが仕事増えちゃうじゃん…あそこの業務止まると大変なんだよ」と思う人もいるかもしれません。

仕事をしようとした側が明らかに「この仕事ってここで対応しないとだめですかね?どこか対応できる部署ってありましたっけ?」という明らかなヘルプを出していたら話は別ですが……。

このように、相手が求めてもおらず、相手が助かるか確実にはわからないが、自分だったら……と自分軸で物事を考え動いてしまう人もお節介を焼いてしまう結果になるということです。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回はお節介と気遣いのちがいについて考えてみました。

お節介になるか気遣いと捉えられるかによって、人間関係にも影響しかねないですよね。

求められれている場合や明らかに相手を助けることがある場合以外は、温かく見守るという行為に徹したほうが良いかもしれないです。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

また次回の記事でお会いしましょう✿

ドロンなのです★

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